近年、鹿やイノシシ、サルなどの野生動物が山から下りて人の住む集落に出没する事例が増えています。獣害対策へのジオフェンス活用の可能性について考えてみましょう。
【天然のジオフェンス「里山」の衰退がそもそものはじまり】
昔は山の動物と里の人間は、山から動物がたまに下りてくることがあっても追い払うことで、うまく共存できていたのです。近年になり被害が拡大しているのには、狩猟による個体数調整が機能しなくなったことや暖冬化により雪が減って生息適地が増えたことなども理由なのですが、そもそも山と里の境界「里山」がなくなってきたことが発端なのだという説があります。
里山とは、人間が住む集落に隣接しており、人が手を加えた生態系が存在する山林です。薪を取ったり、肥料として利用するための草を育てるための伐採により、野生のままの森林よりも樹木がまばらで見通しが良くなっていました。野生動物とは本来臆病なものです。遠くから人間の姿が見通せれば、わざわざ人の住むところまで近づいては来ませんでした。
ところが電気やガスなどの普及により薪利用が減り、農村の過疎化や高齢化もあって、里山を人間が利用しなくなりました。その結果、里山には木が生い茂るようになりました。「里山」という、人間と野生動物の生息地を仕切る天然のジオフェンスが消えてしまい、人間が生活する里と動物が住む森林が地続きになってしまったのです。
うっかり森林の外に出たところで人間と遭遇した動物は、命の危険を感じて人を襲うこともあります。また、人が住むゾーンには、畑の作物や果物など、野生動物の食料である木の実や草に比べると栄養価が高く美味しい食料が、一カ所にまとまってたくさんあります。一度その味を覚えてしまえば、人間と出会う危険があっても、食料を求めて里に下りてくるようになります。食べ物が増えれば繁殖もさかんになり、数も増えます。数が増えればますます食料が山のものだけでは足りなくなり、人里へと日常的に出没するようになるのです。
【位置情報の把握が対策の第一歩】
獣害防止の対策は、罠による捕獲や狩猟などにより個体数を減らす「頭数調整」、人里へと入ってこないように境界を設ける「ゾーニング」、そして本来の生息地へと野生動物を追いやる「追い払い」の3つに大別できます。いずれの対策でも、群れの位置を把握することは効果的な対策の第一歩です。
位置の把握には、群れの中の個体を捕獲し、首輪や足環などにテレメトリー(電波発信器)を着けて放すことで、電波を利用した位置の特定を行います。最近は、GPS受信機の小型化により、GPS搭載のテレメトリーから位置情報を受信し、地図上で位置を確認できる製品も増えています。
【柵を作るだけでは限界がある】
位置情報の把握によって群れの行動が分かったら、対策を検討します。「頭数調整」には狩猟免許や罠免許の準備が必要となり、また捕獲した動物をどうするかも考えなくてはいけません。比較的取り組みやすいのは「ゾーニング」と「追い払い」です。
「ゾーニング」は、集落を囲む柵を作ったり、里山の代わりに山林と里を仕切る緩衝帯を整備することで、動物が近づきにくくする方法です。柵は金網、トタン板、鉄条網などを用いた、物理的に侵入を阻止する柵と、触れた時に電気ショックによって「ここに近づくと嫌なことがある」と心理的なバリアを設ける電気柵があります。
柵の効果を発揮するためにはメンテナンスが重要です。物理的な柵であれば穴があけられてしまえばそこから侵入されますし、電気柵であれば草が茂って漏電することで電圧が下がり、触っても電気ショックを与えられなくなってしまいます。だからといって電圧を上げ過ぎると、今度は人間が誤って触れてしまう事故につながります。
また、苦労して柵を作っても、頭の良いサルは避け方を覚えてしまうことも多く、柵だけで野生動物の侵入を防ぐのは難しいのが実態です。
【必要だが住民の負荷が高い「追い払い」】
そこで重要になるのが、柵を超えてきたり、柵に近づく野生動物を山に追い返す「追い払い」です。さまざまなイラストをフリー素材として提供している「いらすとや」で、「エアガンでサルと戦う主婦のイラスト」が話題になりましたが、まさしく動物の追い払いは集落総がかり戦です。
とはいえ、獣害が問題となるような農村では少子高齢化も同時に進んでおり、住民パワーだけでは効果的な追い払いができないケースも出てきています。
人だけでは困難な追い払いをサポートするために、サルの追い払い訓練を受けた「モンキードッグ」の活用も進められています。2005年に長野県で導入が始まり、2014年には23都道府県で約350頭のモンキードッグが活躍しています。とはいえ、犬の訓練には時間も費用もかかりますし、犬を扱うハンドラーの訓練も必要ですから、なかなか増やすのは大変です。
【「ドローンでサル追い払い」の実証実験】
そんな課題を解決できそうなのが、平成28年度「神奈川版オープンイノベーション」開発プロジェクトに採択された「ドローンによる猿の追い払い」(プロジェクト幹事会社:明光電子株式会社、プロジェクトメンバー:株式会社野生動物保護管理事務所、開発委託先:株式会社サーキットデザイン)です。2017年3月、実証実験の動画が公開されました。
猿の群れにGPS首輪を取り付け、位置を特定した後、ドローンをその上空で飛行させることでサルを追い払えることが分かりました。さらにこの実証実験では、GPSの位置情報を利用して、群れを自動追尾することで猿を山の上まで「追い上げる」可能性も検証しています。
【ジオフェンスを組み合わせた全自動追い払いの可能性】
大きな可能性を感じる研究成果ですが、動画を見ていただくと分かる通り、現在のシステムでは、追跡を開始する位置のGPS座標は手作業で確認する必要があります。常時リアルタイムで位置情報を取得可能な設定にすると、テレメトリーのバッテリー寿命に影響するからだと思われます。GPS首輪にタグ状ビーコンを同居させ、集落の周囲にジオフェンスを張り巡らせることができれば、「集落の周りに張り巡らせたフェンスを猿が超えたことを検知したらトリガー信号を発して、リアルタイム追跡を開始すると同時にドローンが発進してサルを追い払う」という、全自動のサル追い払いシステムが実現できるかもしれません。
動物福祉の観点からも環境保護の観点からも、野生動物と人間はお互いの生活へのかかわりを最小限にとどめてそれぞれが別々に暮らせることが望ましいのです。放棄作物や果樹などを放置しないことで集落に動物が集まる要因を排除するとともに、集落からの「追い払い」・山への「追い上げ」という、動物を傷つけない手段が手軽に利用できるようになればと期待しています。
【関連情報】
ドローンを利用したニホンザルの追い払い支援ロボットの開発(明光電子 ブログ)
http://blog.meicodenshi.com/2016/10/20/ドローンを利用したニホンザルの追い払い支援ロ-2/
動物行動調査用テレメトリー発信器 (サーキットデザイン)
https://www.tracking21.jp/
鳥獣被害対策コーナー(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/
野生動物管理システムハンドブック ニホンザル・ニホンジカの総合的な被害対策のすすめ方(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/h_manual/h24_03/index.html
【南魚沼】地域ぐるみのサル・クマ対策を始めませんか (新潟県)
http://www.pref.niigata.lg.jp/minamiuonuma_kenkou/1356807610113.html
急増する野生動物被害 ~拡大の実態~ – NHK クローズアップ現代+
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3497/1.html
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